《花子:𥝱劫の思惟》プロジェクトの説明

ARTISTS’ FAIR KYOTO 2026へ向けて



私たちYotta(ヨタ)は2011年より、巨大なバルーン製の作品――歌うネオ伝統こけし《花子》を各地で展開してきました。《花子》は東北地方に伝わる「伝統こけし」を引用した作品であり、現在は東福寺・方丈前において、歌いながら横たわる姿を公開しています。

彼女は現在三代目です。バルーン(ターポリン)という材料の性質上、経年劣化や汚損、形態変形が避けがたく、その恒久性はきわめて低いと言わざるを得ません。また、これまでの《花子》制作は職人の手仕事の感覚に大きく依拠してきました。そのため、その揺らぎは持続の不安定性を内在していました。

本プロジェクトは、彼女の脆弱な身体の構造を未来へ手渡す試みです。 私たちは《花子》を情報化し、設計図として精緻な3Dデータを構築しました。そのデータをもとに、現在の《花子》を制作しています。 電力供給という巨大なインフラに依存しながら、劣化しないと信じられている3Dデータ。その情報は、短命なターポリンという材料を介して、身体を反復可能なものとします。石器時代より残存する土偶や土版、縄文土器は、断片化しながらも持続しうる物質を示します。不可逆的な劣化と散逸を免れない存在の時間スケールの中で浮かび上がる、物質と情報の持続条件の差異。その落差の中で、《花子:𥝱劫の思惟》は、作品やその思想、鑑賞体験や身体性が後世へいかに伝わりうるのかを探ります。

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[塑像作品について]
現在展示している立像および涅槃姿像は、陶芸用粘土で成形した焼成前のイメージとして展示しています。これから制作する完成作品は、近年中に解体を予定している私たちのアトリエ(大阪府守口市内)の敷地内を掘削し、淀川の堆積によって形成された粘土層から採取した土を用い、野焼きによって焼成します。採取する土は、制作年度や私たちの移動によって異なる場合があります。都市の地層を掘り起こし、縄文式土偶や土板に見られる塑像技法を参照しながら、低温焼成を行います。 現在の展示イメージは、私たちのひとつの宇宙観を示す箱庭です。

[土版作品について]
同じ土を用いて制作しています。土偶を抽象化したといわれる縄文式土版にならい、《花子》の概念を表象し、携帯できるよう穴を設けています。

[花子本体の3D(設計図)NFTデータ]
《花子》本体制作のために作成された設計図である3DデータをNFTとして塑像に付与します。このデータから理論上は複製が可能です。投機的対象として消費された側面をもつNFTという技術を、ここでは継承と継続のための仕組みとして採用しています。

[複製の条件(利用規定書)]

実際の複製には複数の条件が課されます。利用規定書には著作権法をはじめとする法的枠組みに加え、私たちの死後、人類消滅後、さらにはほとんどの恒星が燃え尽きる天文学的未来に至るまでの扱いを段階的に記述していきます。その策定過程も、適宜共有していく予定です。 それは契約書であると同時に、未来へ向けた思想の設計でもあります。そしてその設計は、私たちと本作の所有者との持続的な対話と参加によって更新されていきます。

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タイトルにある「𥝱」は10の24乗を表す日本の単位であり、国際単位系では「Yotta」を意味します。「劫」は仏教やインド哲学における膨大な時間単位※です。すなわち「𥝱劫」とは、宇宙の恒星のほとんどが燃え尽きるほどの超天文学的時間を指します。「思惟」は、阿弥陀仏や、五十六億七千万年後に未来仏として顕れる弥勒菩薩が、世界救済の方法を思慮する際に用いられる語です。

私たちはかたちを固定するのではなく、設計情報を共有します。

作者と所有者がそれぞれの場所で《花子》を具現化することで、《花子》は伝播する構造となります。かたちは必ず劣化し、やがて失われます。しかし情報が読み継がれる限り、《花子》は何度でも立ち現れうる。

時間の不可逆性を前提としながら、物質と思想、そして《花子》という体験を接続し続けるその関係の網目こそが、個人の所有を横断するゆるやかな公共性であり、《花子》のもう一つの身体です。

あらゆる存在が劣化し、散逸し、やがて消えていく宇宙の中で、それでもなお何かを未来へ遺そうとする営みは、いかなる意味を持ちうるのでしょうか。

《花子:𥝱劫の思惟》は、混迷の時代において未来のかすかな希望を探し続け、思惟し続けるための、ささやかな試みです。



※百年に一度降り立つ天女が、羽衣で巨大な岩(四千里四方ともいわれる)を撫で、その岩がすり減って消滅するまでの時間を「一劫」という。サンスクリット語「カルパ(kalpa)」に由来し、計測不可能なほど長大な時間を表す単位。

Yotta